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【活動報告】第8回第一部「戦争を回避せよ、今こそ外交に力をー安保三文書と日本の軍拡の実態ー」篇

第8回は、東京を離れ、群馬県高崎市で開催されました。
東京駅から新幹線に乗り、1時間ほどで高崎駅に到着し、そこから徒歩5分ほどの高崎市労使会館という、いかにも昭和という感じの建物が会場。
事務局長の橘民義さんと運営委員は、午前中は営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)をしている農園を見学しました。
今回は、【「鳥の目」と「虫の目」から政治を考え直す! 】というコンセプトの2部構成。
第1部は「鳥の目」、つまり俯瞰した視点で、外交・安全保障を考え、第2部は「鳥の目」で、地域からの視点で、政治を立て直そうとしている自治体議員と首長がそれぞれの取り組みを語りました。
会場には中学生から元参議院副議長まで、さまざまな年齢の方が、80名ほど集まりました。
今回は、現地に同行した、作家の中川右介さんがレポートします。

第1部 「鳥の目」より
戦争を回避せよ。今こそ外交に力を!

1週間前の2月18日に続いて、女性講師による外交・安全保障についての講演というか、講義となった。18日の三牧聖子さんもそうだったが、猿田佐世さんも、兵器や武器への思い入れがない。男性の安全保障の専門家だと、軍事オタク、もっと言えば兵器が大好きな人が多く、たとえ「反戦・平和」の立場であっても、兵器への愛がにじみ出てしまう。少年の日々に、プラモデルを作っていたような人が軍事の専門家になるので、戦闘機や戦車の型番をうれしそうに口にしてしまうのだ。だが、両氏には、それがない。
兵器や武器への思い入れが少なそうな女性のほうが、戦争と平和の問題は、冷静に客観的に見ることができるーーこれが全体の印象だ。

総合司会は、地元・群馬県高崎市の、元県会議員の角倉邦良さん(4月の高崎市議会議員選挙に立候補予定)。
「政治について諦めないで、マクロの視点からも地域の視点からも、いまこそ、市民のみなさんが自立した活動をしていければ、いわば現代版・自由民権運動をしていきたいと思っています」と、挨拶。

続いて、武蔵野政治塾の事務局長・橘民義さんが登壇。
「この武蔵野政治塾は昨年10月にスタートし、名前は武蔵野ですが、武蔵野市だけ、東京だけでなく、全国で開くつもりです。」
朝から群馬県へ来て、旧・箕郷町の中里農場へ行った話を紹介。
「この農場では営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)で、農業をやりながら、発電をしている。いま、日本のエネルギーは深刻で、原発を再び利用しようという流れになっているが、もし戦争に巻き込まれ、日本の原発が攻撃されたら、核兵器を落とされたのと同じ状況になってしまう。だから、安全保障の観点からも原発はゼロにすべき。そんなことをして、電力は足りるのかと、心配かもしれないが、休耕地や耕作放棄地もあるので、そこで太陽光発電をやれば、日本中の電力が賄える。農業を営みながら発電ができることは、中里農場をはじめ、いくつもの成功例がある。だけど、どうも政府はやりたがらない」
橘さんは原発・エネルギーについて持論を展開し、「発電やエネルギーの問題はすべて我々の生活に関連している」と訴えた。
最後に、武蔵野政治塾のモットーである「静かに落ち着いて 激しく議論」を確認した。

戦争を回避せよ
猿田佐世

第1部は、弁護士で、新外交イニシアティブ代表の猿田佐世さんの登場。
まず自己紹介として、猿田さんが代表を務める「新外交イニシアティブ」(ND)についての説明から。「新外交」を英語では「NEW DIPLOMACY」というので、「ND」と略す。
詳しくはこちらを御覧いただきたい。
New Diplomacy Initiative(新外交イニシアティブ) (nd-initiative.org)

猿田さんは「私のことは訪米のコーディネートをしている人としてご存知の方もいると思います」として、「たとえば、沖縄の辺野古の基地建設反対の座り込みをしている方や、いまの県知事の玉城デニーさん(当時は衆議院議員)をアメリカに連れて行き、基地反対を訴えました。日本政府はそんなことをしてくれませんから」。
猿田さんは日米外交が「現場」で、ワシントンと頻繁に往復している。
新外交イニシアティブのもうひとつの活動の柱が政策提言で、日本はもちろん、アメリカへ行きさまざまな立場の人の意見も聞いた上で、提言している。
2022年11月には「戦争を回避せよ」という提言をした。会場では、その提言の冊子が配布されたが、ネットでも読むことができる。
【政策提言】戦争を回避せよ|研究・報告|New Diplomacy Initiative(新外交イニシアティブ) (nd-initiative.org)
今回の講演も、「戦争を回避せよ」が題目だ。

「新外交イニシアティブは、日本にある多様な声を、実際の外交政策に反映する」ことがモットー。小さな団体だが、日米関係を変えていきたいと考えて活動しているそうだ。
「日米同盟」と言うと、対等みたいだが、実際には、外交・安全保障面だけでなく、税金や保険まで、あらゆる分野でアメリカが何かを言うと日本の政策が変わる関係。
「いまの日本外交は、くねくねと曲がった背骨みたいなので、これを正したい」と強調された。

本題に入る前に、会場の人たちの意識調査をしたいということで、ウクライナ戦争が始まったとき、「日本にも、台湾有事みたいな戦争が近づいてきた」と思ったか、「日本は憲法9条もある平和国家なので、冷静に対話を中心にした外交を続けなければ」と思ったかを、問いかけた。
「台湾有事が迫った」に挙手をした方は、数人。
「冷静に対話を中心にした外交を」に挙手した方は、圧倒的多数ではないが、それなりの数。
日本全体で世論調査をすると、台湾有事が怖い、日本の安全保障環境が悪化していると危機感を抱く方は8割くらいなので(2022年3月)、それと比べると、だいぶ少ない。
次に、岸田政権が昨年12月、そういう危機感があるなかで「安保三文書」を改訂し、日本の防衛予算が倍増され、武器を備えることが決まったが、これについての賛否も尋ねた。
「防衛予算2倍、敵基地攻撃能力を持つ」に賛成の方は数人。圧倒的多数が反対だった。

■日本一国では戦争になる理由がない

猿田さんはパワーポイントのスライドを見せながらの講義。
【「日本のおかれている状況」
一国では、戦争になる理由がない
日本が中国と戦争になるとすると、米中紛争である台湾有事に巻き込まれたときのみ
→ 日本の安保政策の絶対命題「台湾有事を回避せよ」】
を見せて、解説する。
「2年ほど前、アメリカでは「6年以内に中国が台湾へ侵攻するのではないか」と言われていました。台湾有事です。そして昨年のウクライナへのロシアの侵攻を受けて、岸田首相は『今日のウクライナは明日の日本だ』といつも言っていますが、その因果関係は分かりません。冷静に考えれば、日本は、一国だけでは戦争になる理由はないんです。日本には中国と戦争をする理由もないし可能性もほとんどありません。
いや、北朝鮮からミサイルがガンガンと飛んでいるじゃないか、そう思う方もいるでしょうが、あのミサイルは日本を狙っているわけではありません。核兵器を載せてアメリカの東海岸までカバーできる弾道ミサイルを開発することでアメリカと交渉しようとしています。なぜ日本に向けているのかというと、北へ飛ばせばロシア、西へ飛ばせば中国、南へ飛ばせば韓国へ落ちてしまうので、東に飛ばしているだけで、日本を狙っているわけではありません」
北朝鮮脅威論をばっさりと否定。続いて、中国についても、
「中国脅威論が盛んです。とくに尖閣諸島問題がありますが、中国と日本が尖閣諸島をめぐってウクライナのような戦争をやるでしょうか。中国だってアメリカとの全面戦争を覚悟して、尖閣を取ろうとはしませんし、日本にしても、誰も住んでいないあの島を守るために、いまのウクライナのような戦争をするでしょうか。」
そして、「基本的には、日本は一国だけではどこの国とも戦争をやる可能性はないこと、これを確認しておくといいと思います」と強調。
では、なぜ台湾有事が叫ばれるのか。
「台湾有事が起きると、アメリカが介入し、日本もそれ助けるために自衛隊を派兵、あるいは日本の米軍基地を使うことを許可するーーそういうことがあって初めて、日本が台湾有事にからむことになります。日本には台湾を防衛する義務はありません。」
たしかに、日本と台湾は相互安全保障条約など結んでいないし、そもそも、台湾を国としては認めていない。
「ですから、アメリカが中国と戦争をすることになったときに、日本が片棒を担ぐことになり、台湾有事に日本も参戦することになるわけです。それを避けるのが、日本が戦争にならない方法です。
したがって、『台湾有事を回避せよ』が日本外交の絶対命題となります。」

■安保三文書には何が書かれているのか

次は、昨年12月に岸田内閣が閣議決定した、「安保三文書」の解説となった。
スライドには
【●「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有
・米国製巡航ミサイル「トマホーク」等を大量購入予定
・米軍との共同運用
→国際法違反の先制攻撃のおそれ/憲法・専守防衛からの逸脱
●防衛費の倍増
2027年に対GDP比2%
・2022年5月の日米首脳会談で増額伝達
→財源は決まらないまま
→軍拡競争「安全保障のジレンマ」で地域はさらに不安定化
→抑止力は「信頼供与」がなければ機能せず、そのためには「外交」が不可欠】

これで敵基地攻撃能力を持つことが認められ、防衛費は2027年には対GDP比で2%、いまの倍になる。これについて、財源がないとか、敵基地攻撃能力は国際法で違法とされている先制攻撃にあたる、専守防衛に違反しているという議論があるが、岸田政権は閣議決定だけで決めてしまった。
「いま国会でも議論になっていますが、野党の追及が甘くて議論になっていないのが残念です。国民の議論もなしに、閣議決定だけで、戦後70年以上続いてきた日本の安全保障政策を180度転換されてしまいました。」
「安保三文書」とまとめられるが、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の3つで、すべて関連し、この順番に具体的になっていく。
猿田さんから、この三文書、最初の「国家安全保障戦略」だけでも読んだ方はいるかとの問いかけには、司会の角倉さんをはじめ数人が挙手。
「『国家安全保障戦略』は、一行ごとに文句を言いたくなる、面白い読み物」と猿田さんが紹介するので読んでみたが、たしかにツッコミどころ満載である(と笑っている場合ではないのだが)。読まずに批判するのではなく、一読をおすすめする。

この三文書は内閣府のホームページからダウンロードできる。
国家安全保障戦略について | 内閣官房ホームページ (cas.go.jp)

■武器輸出も推進

次のスライドは、三文書のなかの、武器輸出に関して。
猿田さんは、三文書で気になるのは、武器輸出を進めていくことだと指摘。

【●「防衛力そのものとしての防衛生産」
「防衛装備移転」推進=武器輸出推進
・防衛産業は国防を担うパートナー
・防衛装備移転三原則を見直して、官民一体となった防衛装備移転を推進
・装備品輸出は防衛協力の「重要な手段」
→ 武器提供で紛争を助長・紛争当事国になる
→ 社会が軍・軍事産業から抜け出せなくなる
→ 対立を助長・緊張を高める】

■米軍と自衛隊の一体化加速

次のスライドは、「米軍と自衛隊の一体化加速」で、1月11日(日本時間12日)にワシントンで開催された、日米安全保障協議委員会(2プラス2)についての解説で、次のことが話し合われた。

・南西諸島を含む地域における施設の共同使用の拡大
・共同演習の増加
・敵基地攻撃能力の効果的な運用へ協力を深化
・空港や港湾の柔軟な使用が重要
・沖縄に駐留する海兵隊を「海兵沿岸連隊(MLR)」に改編
機動性を挙げた小規模部隊で南西諸島防衛

「私たちがいちばん関心を持たなければならないのは、米軍と自衛隊の一体化の加速です。日本の自衛隊がアメリカの戦略の一部を担うことになります。
安保三文書は12月16日に閣議決定されましたが、1月12日に、日米2プラス2(日米安全保障協議委員会、両国の外務大臣(国務長官)と防衛大臣(国防長官)が参加する会議)が開かれました。

日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)(概要)|外務省 (mofa.go.jp)

そこでは南西諸島における軍事基地を日米で使えるようにする、日米共同演習を増やす、日本の民間の空港や港湾を米軍や自衛隊が使えるようにすることを検討するなどが話し合われました。
その2日後に、日米首脳会談が行なわれまた。」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page1_001475.html

スライドには
●日米首脳会談 共同声明(1月13日)
・三文書改定を歓迎。「日米関係を現代化する」
・日米共同での安保能力強化
・日本の反撃能力及びその他の能力の開発、効果的な運用について協力を強化するよう、閣僚に指示
・「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性」

「この会談では岸田さんは、バイデンさんから『日本が敵基地攻撃能力を持ってくれて、ありがとう。アメリカもそれを手伝うよう、閣僚に指示した』と歓迎されたことになっています。
また、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促すことでも合意しています。
私のように外交を専門にしていると、『台湾有事』の話ばかりしていますが、2年前までは台湾有事について話す人は、日本ではほとんどいませんでした。
台湾有事が語られるようになったのは、2021年3月にアメリカ議会でインド太平洋軍司令官だったデービッドソンが『6年以内に中国が台湾へ侵攻するおそれがある』と発言してからです。
翌月の4月に当時の菅義偉首相がバイデン大統領と首脳会談をして、半世紀ぶりに日米の共同声明には『台湾海峡の平和』という項目が入りました。そこから一気に、台湾有事が主役に躍り出て、右から左までが台湾有事を話題にし、その延長で安保三文書にいくわけです。
これまでずっと平和の問題に関わり、昔から護憲運動などをしていた方たちは、これまでもずっと大変で、とくに2010年代になってからの有事法制なども大変でしたが、もういま、その大変さがものすごい勢いで進んでいます。
台湾有事が語られだして2年で、防衛費倍増になってしまうのですから。この動きにあらがっていこうとしている私のような立場の人間には、速くてまったく追いつけない。いま声をあげないと、この国はどういう方向へいってしまうのかという思いが強いのです。
この動きが、日本が自ら決めたもの、熟慮されたものなら、まだ納得もいくのですが、そうではない。日米首脳会談で、バイデンさんが歓迎したとのことですが、あの場で初めて岸田さんが『日本は防衛費を倍にします』と言って、バイデンさんが『それはありがとう』と言ったのではなく、1年前から、日米間ですり合わせをしていった結果の出来レースです。」

日本が自分の判断で決めたらアメリカに褒められたのではなく、アメリカに指示されて決めたことなのだ。
その背景にはアメリカの凋落があると、猿田さんは分析する。

■アメリカの考える「統合抑止」とは

次のスライドは
『同国頼りの米国
●力を落とす米国の主たる対中戦略は同盟国との連携
●米「国家安全保障戦略」(2022年10月)
「統合抑止」=同盟国に軍事力強化を促し、自国の抑止に組み込む
→ これに日本は三文書改定でストレートに答えた(対米従属)
・国家防衛戦略
「それぞれの役割・任務・能力に関する議論をより深化させ、日米共同の統合的な抑止力をより一層強化」

昨年10月、アメリカは「国家安全保障戦略」を策定していますが、ここに「統合抑止」という言葉があります。私はアメリカに5年住み、その後も通っていますけど、この10年のアメリカの凋落はすごいです。その分、中国が力をつけている。
いままではアメリカ一国で中国に対抗できましたが、できなくなった。そこで、同盟国に軍事力を強くさせようというのが『統合抑止』です。
具体的には、日本に対して、強くなれ、防衛力を持て、それをアメリカを守るための抑止力とするから、というものです。
いつの間にか日本は、自分を守るだけでなくアメリカを守るための抑止力の一部になっているわけです。
このアメリカの「国家安全保障戦略」が去年の10月に出て、12月に日本は「安保三文書」でそれに従うとストレートに答えています。見てください、アメリカの国家安全保障戦略に
【それぞれの役割・任務・能力に関する議論をより深化させ、日米共同の統合的な抑止力をより一層強化】
とあり、日本の安保三文書にも、同じ文章が出てくるのです。
統合抑止をうたう、安保三文書の意図は何でしょう。」

次のスライドは

【安保三文書の意図
●抑止力の強化
●どう戦争で戦うか
●米国陣営の強化(“同志国”・武器輸出)
●米国の補完をし、米国を巻き込む(自発的対米従属)
国家安全保障戦略(12頁)
「インド太平洋地域において日米の協力を具体的に深化させることが、米国のこの地域へのコミットメントを維持・強化する上でも死活的に重要」】

「抑止力とは、軍事力を強くすれば、相手が怖がって攻めてこないだろう、という考えですが、最近、変わってきました。戦争が始まるかもしれないという前提で、どうやって戦うのかに中身が入り始めています。『対処力』という言葉が出てきます。さらに、いままでの政府の文書には出てこなかった、昔の左翼が使うような『同志国』という言葉もあります。
アメリカが弱くなっているので、中国を囲むために仲間を増やそうということです。
そのため、自衛隊が使わなくなった武器を東南アジアに輸出して、同志国にするわけです。
このアメリカの『統合抑止』に、日本が応じているのはまさに『対米従属』です。ところが、アメリカが強く言うので仕方なく従っているのではなく、日本の方からがアメリカに抱きついて離さないのです。私はこれを『自発的対米従属』と名付けて、その題の本も書きました。
【注 『自発的対米従属 知られざるワシントン拡声器』角川新書
「自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」」 猿田 佐世[角川新書](電子版) – KADOKAWA 】

自発的対米従属とは、アメリカがこの地域から引いてしまうと困るので、アメリカ様にいてもらうために、抱きつく。
具体的には、「インド太平洋地域において日米の協力を具体的に深化させる」、つまり、アメリカが逃げていかないように、がっしりと掴んでおく。「米国のこの地域へのコミットメントを維持」するということです。
2024年の大統領選挙で、トランプさんがまた当選する、あるいはトランプさんのような人が当選し、『日本の米軍基地はいらない』と言い出すかもしれない。トランプさんは日米安保はいらないというようなことまで言っていましたから。そこまではやらないにしても、アメリカが日本から一定の距離を置くようになったら困る、というのが日本政府の思考です。」
このへんで、会場は、静まり返った。

■国民を守る視点のないシミュレーション

ちょっと間をとって、猿田さんは言う。
「軍拡して軍事予算を2倍にして日本が安全になるなら、私はその政策を採ればいいと思うのです。でも問題なのは、それで安全になった気がしないし、実際になっていないことです。
これだけ軍事費を増やすと安全になります、少なくともいまよりは安全になりますと言いますが、それは欺瞞、ごまかしでしかないと思います。」
ここで猿田さんは、『2つの愚かさ』があると言う。
●愚かさ1:自分たちへの影響を語らない愚かさ
●愚かさ2:中国に軍事力のみで対抗しようとする愚かさ 】
1つ目は、日本の国民の命のことを考えていないという意味だ。
台湾有事で日本が巻き込まれた場合のシミュレーションがいくつも発表されているが、そのひとつ、防衛省の外郭団体の防衛研究所の「将来の戦闘様相を踏まえた我が国の戦闘構想/防衛戦略に関する研究」の問題点がスライドで紹介された。

・中国のミサイル攻撃そのものを阻止するのは困難(室長)
・攻撃を受けながらも対艦攻撃などによって海上で足止めし、台湾や尖閣への上陸を防ぐ
・米軍が世界から駆け付けるまで半年から1年の時間を稼ぐ。
・中国は非常に精密な攻撃能力。被害は米軍・自衛隊使用の飛行場や港湾に収まり、民間人が巻き込まれることはほとんどないだろう。(室長)

「中国は船を出して、そこからミサイル攻撃をする。日本とアメリカも対抗して船を出して、中国の船を攻撃してミサイルを止めるか、飛んでくるミサイルを迎撃することになっています。
ですが、米軍は世界最大の海軍があり、中国よりも大きいのですが、世界中にいるので、このアジアの地域に限れば、中国軍に敵わない。そこで、台湾海峡で有事になったとしても、すぐには全兵力が集まれないので、半年から一年は、自衛隊と近くにいる米軍で時間を稼ぐ。その間にも、ミサイルがガンガンと日本にも飛んでくると、当然、日本の民間人にも死傷者が出るだろうと思いますよね。
そこで、このシミュレーションについて、琉球新報の記者が質問したら、防衛研究所の室長さんが、『中国は非常に精密に攻撃能力を持つので、被害は米軍・自衛隊使用の飛行場や港湾だけで、民間人は巻き込まれない』と言うのですよ。
ここで中国を持ち上げて、どうするんだって」
これには会場からも、笑いがもれた。
「そんなこと、あるわけがないです。いまのウクライナも、その前のアフガンでも、基地だけが攻撃された戦争なんてありますか。民間の施設にもミサイルが当たります。
とにかく、いろいろなシミュレーションがありますが、民間人の死者が何人かということは、一切、書かれていないのです。

●台湾有事の机上演習(CSIS報告書 2023年1月)
基地や民間空港の従業員や周辺住民といった民間人の被害についてはほぼ言及なし。

スライドには、ウクライナによるロシアのミサイル迎撃率も出ていた。それによると、ウクライナは攻撃以前から多数の地対空ミサイルシステムを全土に配備していたが、開戦当初の迎撃率は5割、2022年11月に8割になったという。
「それでも、2割は迎撃できず、当たっている。つまり、被害が出ている。死んでいる。そのことは言わずに、トマホークをくれと言っています。」

■まるでひめゆり部隊の再来

さらに、沖縄などで進む変化として、スライドにはこうあった。

・司令部など重要施設の地下化(与那国・石垣・舞鶴etc)→有事には作戦室として使用
・自衛隊の補給拠点の建設
・自衛隊那覇病院で病床・診療科増、建物の一部を地下化

「自衛隊の病院を地下にしようというのですよ。ひめゆり部隊の再来みたいなことになっています。
さらにシェルターを作り、避難計画を立てようということにもなっています。」

●沖縄「シェルター・避難計画」
石垣市 市民避難に9.67日 航空機 435機
宮古島市 航空機 381機
・沖縄県内自治体(琉球新報調査 2022年12月31日)
避難に必要な輸送能力「把握できていない」 63%
「外交努力が大切」との回答も
・石垣市議会意見書:陸自駐屯地(来春開設予定)への反撃能力を持つ長射程ミサイルの配備は「到底容認できない」とする意見書(2022年12月19日可決)

●沖縄だけではない
米軍の出撃:三沢・横田・横須賀・岩国・佐世保の周辺
自衛隊の出撃:自衛隊基地周辺
拡大すればさらに広がりうる

石垣島の人口は4900人前後なのだが、島から全員が避難するには、航空機435機が必要で、9.67日かかるという。
「戦争が始まってミサイルが飛んでいるとき、435機もの飛行機をどうやって石垣まで飛ばせるのでしょう。避難が終わる10日後までに、どれだけの人が死んでしまうのか。
さらに、武力事態と認定されるまで自衛隊は動けません。認定されると、どうなるか。台湾有事について、自衛隊の幹部が書いた本を読むと、海上自衛隊と航空自衛隊は、陸上自衛隊を運ぶのに忙しいそうです。
435機も必要とされる飛行機ですが、自衛隊機はそこには含まれません。石垣市の避難計画は、人口から必要な飛行機の数を割り出しただけで、どこから飛行機を調達するかは書いていません。もちろん、石垣市は飛行機なんて持っていません。」
台湾有事を想定した本は何冊も出ているが、なかには「民間人はそこにいると、戦闘の阻害になる」など、邪魔者扱いされているという。さらに、「台湾有事のときも、自助・共助・公助が大事である」と書いてあったりもするそうだ。
「社会福祉を論じるときも、自助という言葉を聞くとイライラしてきますが、戦争を起こしておいて、国民には自助ですか」と猿田さんは憤っている。
「自衛隊が国民を守ってくれると思えば、防衛費が増えるのも仕方ないと思っているかもしれませんが、そうではないのです」
つまり、自衛隊は国民を助けてくれないのだ。これは、太平洋戦争のときの沖縄戦と同じだ。軍隊が国民を救助してくれるのは災害のときだけで、戦争になったら戦うのに忙しくて、国民の避難、救助などやっている暇がないのだ。
これは台湾に近い沖縄だけの問題ではない。全国各地にある米軍基地も標的になる可能性が大きい。東京とて、例外ではない。

■台湾有事になれば、中国からの物資が途絶える

猿田さんが指摘する「愚かさの2」は、「中国に軍事力のみで対抗しようとする愚かさ」。
台湾有事になれば、もっと深刻な問題が起きる。もし中国が台湾へ侵攻したら、いまのロシアに対するように、経済制裁も行なわれる。日本の貿易総額の4分の1は中国が相手だ。工業製品や衣料だけでなく、食糧も中国からの輸入が多い。それが届かなくなったらどうなるのか。
「数か月のうちに、日本では餓死者が出ると言っている友人もいます。中国との関係を維持することが大事なのです。それがまったく語られていません」
中国との貿易が止まった場合のシミュレーションがあるのなら、知りたいところだが、多分、怖くて、どこもしていないのではないだろう。
このように中国との関係は重要だが、勇ましい議論が多い。しかし、その勇ましさが、第二の愚かさ、「中国に軍事だけで対抗する愚かさ」だ。

「日本は軍事予算を2倍にすると岸田政権は決めましたが、そうなると、アメリカ、中国についで世界3番目の規模となります。それなら、十分に対抗できるだろうと思うかもしれませんが、中国の5分の2でしかないのです。しかも、増やそうとしている1兆円の財源がまだ決まっていません。
でも、中国は習近平が決めれば、その瞬間に1兆円くらい増やせます。それだけの財源が中国にあります。日本のGDPは中国の4分の1です。国の力で対抗したいのなら、まず経済力を高めなければならないのです。
安保三文書は、ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれた時代のルンルンした感覚で書かれているとしか思えません。」
経済で中国に負けている日本が、軍事力でも勝てるはずがない。

しかし、日本だけでは中国には敵わなくても米軍が助けに来てくれるはずだ、と思う人も多い。それも、幻想のようだ。
「アメリカの世論調査では、台湾有事になったら米軍を派兵するのに賛成は7%でしかありません。実際、いまもウクライナへは派兵していません。ロシアが核大国、軍事大国だからです。中国はロシアよりももっと大国です。台湾有事のときに、アメリカが飛んでくるかどうかは、分かりません。日本だけで戦えるのでしょうか。
アメリカの台湾有事のシミュレーションを見ると、戦争が始まったら、インド太平洋軍は、いったん、ミサイルの届かない所まで引くとあります。引いた上でミサイルの射程距離を伸ばして、中国のミサイルを落とす。そういう作戦を想定しています。
それに対して日本の自衛隊が、『飛んでくるミサイルを落としているだけでは優勢な地位がとれないから、中国本土のミサイルを攻撃すべきではないか』と言ったら、『そんなことをしたら核戦争になるからやらない』との答えだったそうです。」
アメリカは敵基地攻撃などする気はない。日本にやらせようということなのか。

■戦争を回避せよ

こういう情勢のなか、猿田さんの新外交イニシアティブは「戦争を回避せよ」という提言を出した。それについての解説となった。スライドで表示されたものを、文末に掲げる。

時間もなくなってきたので、重要なところのみが解説された。
「中国は、台湾の独立を阻止したいだけであって、独立をさせないような、これを超えたらいけないというデッドラインを双方で確認するような外交をすべきです。
いまの日本が戦争に巻き込まれるとしたら、台湾有事です。しかし、これも、台湾有事に巻き込まれるのではなく、自分からアメリカに抱きついて、『巻き込でくれよー』と言っている感じがします。
台湾有事に日本がアメリカの片棒を担ぐことになるのは、どういうときか。それは自衛隊の派兵ではなく、その前段階、アメリカが日本にある米軍基地から台湾有事のために出撃することを、日本政府が許可したときです。
アメリカ軍は日本の基地を自由に使っているみたいですが、実は、米軍が日本の基地を出撃などに使う場合には日本政府と事前協議するシステムが、一応はあるのです。
日本政府が『どうぞ使ってください。嘉手納や横田、横須賀から出撃してください』と言ったとき、日本も台湾有事に巻き込まれ、日本も攻撃されることになるわけです。
ですから、事前協議のときに『イエス』と言えるかどうかがカギになります。
日本政府が『ノー』言えるわけはないでしょう。ですが、『嘉手納や横田や横須賀の周囲の人たちが不安がるし、どうでしょうね』と曖昧な態度をとることはできる。その曖昧戦略を取るべきだと思います。
そのためには、反対のデモをして30万人も集めるとか、全ての新聞が反対と書くとか、そういう国民運動が起きれば、政府はアメリカに『イエス』と言いにくく、曖昧になるかもしれない。
それをやらせなければ、ならないと思っています。」

なるほど、「前向きに検討します」とか「善処します」と言って、何もしないのは日本の政治家や官僚が得意とすするものだ。しかし、それを可能とするには、国民の反対の声が高まることが必要だ。政府がアメリカに対して「国民の反対の声が大きいので、そこは、ちょっと、待ってください」と時間稼ぎをするためにも、反対の声が必要なのだ。

■東南アジア諸国を外交のモデルに

「韓国や東南アジアの国々とともに、この地域で戦争してもらっては困るという声を挙げていくのも、キモになります。
軍拡しないで国を守ろうとしている国はたくさんあります。
その代表が東南アジアです。南シナ海で中国と領有権争いをしている国ばかりですが、ASEANは複数の会議で議論し、米中を念頭に『ASEANは地域の平和と安定を脅かす争いにとらわれたくはない』と自制を促すメッセージを出しています。
シンガポールのリー・シェンロン首相は『中国は目の前に位置する大国だ。アジア諸国は、米中のいずれか一つを選ぶという選択を迫られることを望んでいない』とアメリカの外交専門誌に寄せています。この一行だけで、アメリカの東南アジアに対する外交は変わりました。
2年前に、アメリカ・イギリス・オーストラリアの間で『AUKUS』という軍事同盟ができたとき、マレーシアのイスマイルサブリ首相は『AUKUSが南シナ海において、他国による攻撃的な行動を挑発することになるのではないか』との懸念を示し、またインドネシア外務省は『域内で続く軍拡競争と戦力展開を深く懸念する』との声明を発表し、オーストラリアに、核拡散防止条約と国連海洋法条約の順守を求めています。
一方、日本の岸(信夫)防衛大臣は、この地域の安定に資すると大賛成しました。
アメリカとしては、東南アジアの安定のためを思ってやっているのにとの思いがありますが、中国側にいかれては困るので丁重に扱わざるをえない。中国もアメリカ寄りと思っていたASEANがそういうことを言うのかと、丁重になりました。
安全保障のために、1兆円なんていらないのですよ。一行書いただけで、アメリカと中国の態度が変わるのです。アメリカから無茶な要求も来ない。」

■日本のとるべき立ち位置は「Don’t make us choose」

ここで時間となり、「外交だけでも、やれることはたくさんあるのです」と、締めに入る。
「『安全保障戦略』の上に、『国家外交戦略』を作り、そこに1兆円くらい投入したらどうかと思います。認識すべきは、日本は中国や韓国を上から見て、日本だけがアジアでG7のメンバーなんだぜっ!というようなところがありますが、そうではなく、日本も冷静にみればミドルパワーであり、『Don’t make us choose』と言うべきです。アメリカと中国のどちらか一つにつくことは経済的にもできません。
たしかにいま、日本はアメリカと同盟関係にありますので、一気にはできないでしょうが、アメリカに対して言うべきことは言うべきです。
しかし、政府はできません。政府にやらせるためには、私たちひとりひとりが声をあげていかなければなりません。」

これで、前半が終了。
世界情勢の解説が明快で具体的なだけでなく、日本としてどうすべきかの考えも、しっかりと述べ、説得力があった。

以下は、配布された資料『戦争を回避せよ』を要約したものです。
【戦争を回避せよ
抑止力を維持したいのであれば、軍事力を高めるだけでは意味がない。
◯安全保障政策の目標は、戦禍から国民を守ること、即ち、戦争回避でなければならない。抑止力強化一辺倒の政策で本当に戦争を防ぎ、国民を守ることができるのか。
◯軍事力による抑止は、相手の対抗策を招き、無限の軍拡競争をもたらすとともに、抑止が破たんすれば、増強した対抗手段によって、より破滅的結果をもたらすことになる抑止の論理に のみ拘泥する発想からの転換が求められる。
◯戦争を確実に防ぐためには、「抑止(deterrence)」とともに、相手が「戦争してでも守るべき利益」を脅かさないことによって戦争の動機をなくす「安心供与(reassurance)」が不可欠である。

■台湾有事を回避するために、今から、展望を持った外交を展開しておかなければならない。
◯米国に対しては、過度の対立姿勢をいさめるべく、米軍の日本からの直接出撃が事前協議の対象であることを梃子として、台湾有事には必ずしも「YES」ではないことを伝えることができる。
◯台湾に対しては、民間レベルの交流を維持しながら、過度な分離独立の姿勢を とらないよう説得することができる。
◯中国に対しては、台湾への安易な武力行使に対しては国際的な反発が中国を窮地に追い込むことを諭し、軍事面では米国を支援せざるを得ない立場に あることを伝えながら、他方で台湾の一方的な独立の動きは支持しないことを
明確に示すことで、自制を求めることができる。

■日本は立場を共にする韓国や東南アジア諸国連合(ASEAN)を含む多くの東アジア諸国と連携して、戦争を避けなければならないという国際世論を強固にすることもできる。
◯「抑止」としても「対処」としても、必要な条件を満たさず、戦争拡大の契機ともなる敵基地攻撃を、政策として宣言するのは愚策である。
◯政治は、戦争を望まなくとも、戦争の被害を予測し、それを国民と共有するべきである。それは、防衛のための戦争であっても、戦争を決断する政治の最低限の説明責任であり、それなしに国民に政治の選択を支持させるのは、国民に対する欺罔行為である】

文責:武蔵野政治塾

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