【後半は、荒巻さんと三牧さんが討論をし、会場の方も参加する形となりました。
どういう考えの方が来ているのかを知るため、冒頭に、荒巻さんから、「平和」派と「正義」派、「分らない」のどれかという、挙手によるアンケートが行なわれました。
まず、「平和」派の方が7割くらいで、これには荒巻さんは「えっ」とうれしい絶句。
続いて、「正義」派の方が3割くらい。
「分らない」は数人でした。
三牧さんが示したヨーロッパ各国の調査にあてはめると、この武蔵野政治塾はイタリア型と言えます】
■無差別戦争観は時代遅れ
荒巻 では、次に、絶対平和主義か、自衛のための戦争か、無差別戦争観のどれか、また手を挙げてください。この問題だと、主語が「自分」ではなく、「国」になってしまうのですが、この3つからだと、絶対的平和主義の方、いらっしゃいますか。
【かなり多くの方が、手を挙げました】
荒巻 うれしい。僕、この絶対的平和主義がいまの日本には死滅しているのではないかと思っていたんで、これだけいらっしゃって嬉しいです。ただ、日本全国だと、少ないでしょうね。
無差別戦争観の方はいらっしゃいますか。戦争に正義なんてない、純粋に国益になるかならないかを考えて、やるかやらないかを決める。いま中国と戦って勝てるわけないんだから、絶対にやらない。これが無差別戦争観です。そういう方は?
【パラパラと手が挙がる】
そうですか。僕は、絶対平和主義はゼロで、無差別戦争観は1割くらいかなと思っていたんです。では、一応、「自衛のための戦争だけはいい」という方。
【数人が挙手。少ないので、荒巻さん、またも絶句。そこに会場から、「いまのウクライナの自衛のための戦争は支持しますが、日本が攻められたときは平和主義です」という声】
荒巻 よその国は、どうぞご自由に戦ってくださいだけど、日本の戦争は反対ということですね。
【さらに会場から、「申し訳ないけど、問題の立て方が単純すぎる」との抗議】
荒巻 単純すぎるから、そこから議論ができていいかなと思うんですよ。
【会場から、「それなら良いです」と。早くも、参加者の方との議論まで始まってしまいました】
荒巻 無差別戦争観だという方が非常に少なかったのは嬉しいことなんですが、今の日本は無差別戦争観的な考えが多くなっているのではと危惧しています。
つまり20世紀の歴史を忘れてしまって、「19世紀に戻ればいいよ」みたいに考えている人が、あまりにも多いのではないかと思います。
そこで、無差別戦争観がダメなところを言います。
「無差別戦争観がとられていた時代、19世紀はほとんど戦争がなかった」と、先ほど言いましたが、それはヨーロッパの国同士の戦争がなかっただけで、非ヨーロッパの国とはめちゃくちゃに戦争をしていました。アヘン戦争などです。
無差別戦争観は、共通した仲間意識があることを前提としています。ユス・イン・ベロ、戦い方だけは守ろうという、スポーツの世界と同じです。ルールを守ろうという共通感覚を持っている人同士でしか成り立たない。
今の世の中、日本だけを見ても、レイシズムがなくならない。こんな世界では、無差別戦争観を前提とした場合、「正しい戦い方」が守られるとは思えません。ですから、無差別戦争観に戻るということは、単純に時代遅れであると思います。
「自衛のための戦争」は、その「自衛のため」の幅がどこまでなのかが議論になります。
■憲法9条は絶対平和主義なのか
荒巻 さて、「絶対平和主義」なんですが、三牧さん、憲法9条は絶対平和主義を想定していると思いますか?
三牧 起きている戦争に対して、判断をしないことと関わらないこととは違うと思うのですが。
荒巻 いや、今現在の状況を日本国憲法第9条に照らし合わせてどうかというのではなく、元来、日本国憲法第9条は絶対平和主義の立場に立っていたと思うか、自衛のための戦争は認める立場だったのか。どちらだと思いますか。
三牧 自衛は認められると思います。
荒巻 なるほど。僕は、「日本国憲法第9条は絶対的平和主義である」と思っている人が、一定数いたと思っています。だから、日本の外交は主体性が保たれていたのではないかと思うんです。つまり、9条を盾に、アメリカに対して「これ以上はできません」と言えた。交渉において、憲法9条を武器にできたと思います。
三牧 日本の場合、中国大陸に攻めていったのも「自衛のため」と説明されました。自衛の名のもとに戦争が拡大していった歴史をみれば、日本の場合、絶対的平和主義をとらざるをえないのかなとも思います。
荒巻 アンヌ・モレリ著『戦争プロパガンダ10の法則』という本があります。ネトウヨが読むと喜びそうな本で、「私たちは戦争を絶対にやりたくない、でも相手が仕掛けてきたから受けて立つしかない」というようなプロパガンダの方法が書いてあります。
「自衛のための戦争」というのは、戦争を始めるための口実として使われやすいことを肝に銘じておかなければなりません。
日本国憲法第9条は、軍事力の強化の歯止めになってきたと評価していますが、ここにきて、安倍政権の時代から、フェイズが変わってきた。いまの9条の文言だけではどうしようもないなあ、という気がします。
ですから、僕は、何年も前から「立憲的改憲」、つまり、「より軍事力を制限する憲法にしよう」と言っているんです。今の憲法のままでは、何でもやられてしまう。
三牧 「専守防衛」という言葉が、完全に意味を失っていますよね。「敵基地攻撃能力」までが専守防衛だなんて、言葉の意味が破壊されています。
■日米安保は解消すべきか
荒巻 ここでまた聞いてみたいのですが、日米安保という具体的なことではなく、抽象的な話として、いわゆる同盟を結んで国を守る、集団的自衛権はありかなしか。
【「集団的自衛権あり」の方が数人】
では、他のみなさんは、「武装中立」ということですか。軽武装でも重武装でもいいです。
「日米安保もいらない」という考えの方が多いということですか。
僕は、日米安保は「宿痾の病」だと思ってるんです。沖縄の人たちをあそこまで苦しめています。あれを解消するためには、基地を本土に移せばいいというだけではなく、日米安保をやめたほうがいいと思うんですが、でも政治家になると、そうは言えないでしょうね。総理になっても言えないでしょうね。
「日米安保は賛成だけど、地位協定は変えなければ」と言う人もいますが、それを実現するためのどれだけの外交的資源があるのかを思うと、日米地位協定を変えさせるために、「日米安保をやめるよ」と言うのはありかなと思っています。
三牧 政府は、日米が一体化することで日本の安全は守れるという考えですね。実際、日米のシンクタンクで、台湾有事シミュレーションが活発に行なわれています。シミュレーションなので、当然、犠牲のことも出てくるのですが、住民の犠牲は一切出てこないんです。住民の命を考慮しないシミュレーションがなされています。
■孤立している日本はアメリカに頼るしかない
荒巻 1990年代に、「瓶のふた論」というのがありました。
【注・1990年3月の、在日米海兵隊ヘンリー・C・スタックポール司令官(少将)の発言。「もし米軍が(日本から)撤退したら、日本はすでに相当な能力を持つ軍事力を、さらに強化するだろう。だれも日本の再軍備を望んでいない。だからわれわれ(米軍)は(軍国主義化を防ぐ)瓶のふたなのだ」】
いまもアメリカにはこういう考えはありますか。ないですね。日本の国力が落ちたからかな。
三牧 ないです。岸田政権は防衛費をGDP比2%を目標と言っていますが、アメリカのシンクタンクは2%は最低限度で、すぐにでも3%にすべきだと言っています。
結局、日本はアジアで孤立しているんです。アメリカしか信頼できる国がないんです。だから、アメリカに従うしかない。不平等な関係を受け入れるしかない。
荒巻 日米安保をどうにかしないと始まらない。僕は憲法9条を考えるより前に、日米安保を考えたほうがいいと思っています。
日本が孤立しているのは間違いない。これは、先の大戦の「反省」を、ドイツはちゃんとやったわけですが、日本はうまくいっていない。日本の孤立は自業自得の面もあると思います。
孤立しているので、アメリカに頼らざるをえないと思う人がいるのも仕方ない。
僕は、日本共産党みたいですが、アメリカとは「平和友好条約を結び、日米安保は解消」という意見です。
三牧 広島でサミットが行なわれるのですが、岸田首相の発言はぶれてます。岸田さんは被爆地・広島出身で核軍縮はライフワークだと言っていますが、G7サミットの下準備でヨーロッパ各国をまわったときに話されたことは、戦闘機の共同開発国など、軍事的安全保障しか話していません。被爆国で、しかも広島で開催されるサミットで、核兵器についてどういうメッセージを出すのか、議論されていません。
孤立の話で言えば、日本は、グローバルサウスを見ていません。アジアも見ていない。ASEANは共同歩調をとるのに、日本はそこに加わりません、アメリカしか見ていない。岸田さんのほうから、バイデン大統領に「防衛費を2%にする」と言ったのは、アメリカが喜んでくれる行動をしたいからです。
アジアで唯一の先進国サークルに入れてもらいたいという、合理的な安全保障環境の計算とは別の世界認識が、外交、安全保障を歪めているんじゃないでしょうか。
G20諸国は外交的自律性を持ち、さらに集団で行動するので影響力もありますが、日本はない。孤立し、孤立から抜け出そうともしない。
■安全保障の議論はミサイルが飛んでくる所で
荒巻 この国はミソジニー(女性嫌悪)とゼノフォビア(外国人嫌悪)とレイシズムの国なんです。
この話の結論は、国会議事堂含めて政府機構は石垣島か沖縄へ移ってもらうしかない。
戦争に巻き込まれる危険のある場所で議論してください。そういう場所にいて、それでもミサイルをたくさん置きたいのなら、しょうがないです。
1920年代にデンマークでフリッツ・ホルムという軍人が、法律を提案したことがあります。通らなかったのですが、それは「戦争が始まったら、まず王族、政治家から前線へ送る」というものです。
【注・「戦争絶滅受合法案」で、「「戦争が始まったら10時間以内に、国家元首、大統領、国家元首の親族で16歳に達した男性、総理大臣・大臣・次官、戦争に反対しなかった国会議員、戦争に反対しなかった宗教家を最下級の兵卒として召集し、最前線で敵の砲火の下に実戦につくべき」というもの。「世界各国がこの法案を成立させれば、世界から戦争がなくなるみとは受け合い」という趣旨で「戦争絶滅受合法案」という」
防衛費を倍増したかったら、これくらいの覚悟でしてくれということです。
ミサイルのこない安全地帯で議論するなって。ネットの悪口が嫌いなのは、自分は弾が当たらないところから言っているからです。
■9条削除論とは
三牧 「正義」か「平和」かを選ばせる論法が蔓延していていますが、誰だって平和が尊いし、マイノリティーが踏みにじられていたら「おかしい」と言う正義は持っていたい。
安保三文書に戻りますが、批判しなければならないところがたくさんあります。じっくり読むと、「専守防衛」ではないです。憲法との関係から、安全保障をどうするか、正面から議論しなければいけない。これを専守防衛だと言う政治家の感覚、感性は危険です。
荒巻 だから、こっちから憲法改正を訴えなければ。いまの憲法のままでここまでやられているんだから、「護憲」という言葉は完全に無力化されていますよ。
【会場から「改憲されたら、それもまた守られないんじゃないですか」】
荒巻 それはそうですね。井上達夫さん(東大教授)は「9 条削除論」を提唱しているんですが、これは軍備拡張の意味ではなく、9条をなくして軍事力をどうするかはみんなで議論して決めようという意味です。僕は賛成なんです。
軍事力を増やさない政治勢力を作るしかないんです。誰かに任せていたのではダメだから。
三牧 政治勢力、ほしいですね。
荒巻 井上さんは日本共産党批判もしていて、彼らは自衛隊廃止だとか言うけれど、それを大上段に掲げて選挙をしたことはない。綱領の片隅に書いてあるだけだ、ということです。
防衛費をどうするかだけを争点にして選挙を行なうべきですね。
三牧 中村哲さんを好きなのは、9条を持つ日本が世界で何をできるのかということを常に考えて、実行した人だからです。9条の価値を、私たちは分かっていない。
荒巻 だから最初に戻りますが、9条は絶対的平和主義を目指しているのか、自衛のための戦争はいいのかというところで、共通の理解がなされていないと思います。
中村哲さんのような人に政府が支援できるような国にしたいけど、中村哲さんは政府には嫌われていたのかな。
三牧 人道支援をするうえで、自衛隊という存在が邪魔であるというようなこともおっしゃっていましたからね。中村哲さんが絶対的平和主義かどうかは、私はモヤモヤします。
■安保三文書は問題だらけ
荒巻 自衛のための戦争ならいいと言うけど、どれくらいの防衛力を持てばいいのか、難しい。
三牧 2%はアメリカとの間で決めたことですが、現場を知る方からも、「これは合理的に積み上げた数字なのか」と疑問の声も出ています。
危機と言えば、少子化だって国家の危機ですよ。それなのに、防衛費のほうはすぐに決めるのに少子化対策のほうはなかなか決まらない。これは人の命を重視していないということです。いまの日本は、とても子どもを産み育てる社会になっていません。
荒巻 緒方貞子さんが、「人間の安全保障」と30年以上前におっしゃっていたのですが、安全保障というと、軍事オタクの人たちの専売特許の議論にしかならない現状がどうなのか。
いまの日本の危機って、ミサイルが飛んでくることでしょう。それだったら、シェルターをたくさん作りましょう。それも軍事費でしょう。中国も、日本がシェルターをたくさん作ることには脅威だと感じないでしょう。怖いのは、中国側が日本やアメリカに対して過剰な危機意識を持って、緊張がエスカレートしてしまうことが恐れなければならないことです。
アメリカから「武器を買ったくれ」と言われたことが前提の2%だとしたら、どうしようもない。
軍事費含めて、フラットな議論ができないことを含めて、日米安保が悪の元凶なんです。
三牧 防衛オタクにこの議論を独占させてはならない。絶対的平和主義の立場の人こそ、安全保障の議論に参加してほしい。安全保障に関心のある人だけが議論すると、人間が忘れられてしまいます。
昨今、核シェルターがよく売れているらしいです。でも、それ買って自分だけ生き残って、何になるんでしょう。ブラックジョークの世界ですよね。
【ここで、お二人の対論は終わり、続いて、会場の方の声を聞いての討論になります】
【荒巻さん、三牧さんによる対論の後、ご来場の方から、ご質問を受けることになりました。
テーマが「平和」だったため、質問というよりも、ご自分の意見を述べる方もいて、白熱の議論となりました。
一度にいくつも質問された方もいましたが、一問一答形式にして、お伝えします】
■「正義」を考えると戦争になってしまうジレンマ
会場1 「戦争ありき」のニュアンスで今回のテーマがあったように思います。私はいままでずっと平和を考えてきました。「戦争をしないこと」を考えてきました。「戦争はなくならないのか」といくら考えても埒が明かない。考えてるだけではダメで行動する必要があるのじゃないか。もし私が若ければ、「戦争をしない党」を立ち上げて、全世界へ党員を派遣したい。
荒巻 戦争をなくす方法はひとつあります。プーチンが地球上をすべて支配することです。そうすれば戦争はなくなります。平和を考えるのは大事ですが、正義を考えたときに戦争が出てきてしまうというジレンマをどう考えたらいいのか。
「戦争をしない」と決めて、その考えを全世界へ広げていくというのは、いい意味での「宗教的行為」です。それをやっていく人が増えればいいなと思います。それを否定しないし、中村哲さんのような活動はすばらしいと思います。ですが、「戦争がないこと」を一番上位に置くのは話がずれてくるように思います。
■国連はウクライナ戦争では役に立たないのか
会場2 ウクライナについて、ヨーロッパ各国のなかで「正義」派と「平和」派があるという話でしたが、そのなかで「正義」派が多いのはポーランドだけでした。「平和」「正義」の2つではない考えもあると思います。ウクライナについては、戦争を止めて国連管轄にして5年後くらいに住民投票をして決めるとか、いろいろな政治的な取り組み方があると思うのです。殺し合いをしているのは残念です。
荒巻 国連は、ロシアが5つの常任理事国のひとつなので、いっさい頼れないのが現実です。いまのウクライナ戦争については、国連は考えない方がいいと思います。
三牧 私が紹介した、「正義」か「平和」の二択を迫ること自体が、たしかに暴力的です。国連は、ウクライナ戦争の中でも意義を失っていません。まず、世界の世論を示す場にはなると思います。ロシアの行為は侵略行為だと、圧倒的多数の国が考えていると示すことはできます。人道的支援についても諸機関がありますので、どの機関が何をできるのかを具体的に考える必要があります。
■「正戦」が「聖戦」になる
会場3 正戦論のお話で、ローマ教皇が戦争に反対すればできないということでしたが、ローマ教皇が十字軍を送っていたのは、どうなのだろうと思いました。
荒巻 たしかに、十字軍は「正戦(ジャスト・ウォー)」が、「聖戦(ホーリー・ウォー)」になりました。キリスト教は絶対的平和主義も生むし、正戦も生むし聖戦も生みますし、自衛のための戦争も生みます。しかもそれらは地続きです。明確な境界線はありません。自衛のために同盟を結ぶとなると、自国と無関係のことでも軍隊を出すことになりますが、それは自衛のためと言えるのか。類型として戦争を分けだけで、原理的にはすべてつながっています。
■アメリカ国内で対日政策は一致しているのか
会場3 アメリカは対日・対アジア政策では、中国に対峙するため日本などに軍拡を求めていますが、これはアメリカ国内で、民主党と共和党とでは違いがあるのですか。
白井聡さんが、日本はアメリカの支配のもとで大東亜共栄圏を実現したという論説を展開していますが、日本はアメリカと中国に挟まれたなかで、アジアの一員として中国の存在を認めた上で生きていく覚悟があるのか。首相が新しくなるたびに訪米するのは、天皇が代わるたびに遣唐使を送ったことを思い出させます。中国に、ある程度の負けを認めなければならなくなると思うなか、その覚悟についてどう思われますか。
三牧 気球の問題で米中関係はこじれています。しかし、両国とも「有事」は避けたい。かみあっていない点も多々ありますが、対話の意思は示し続けています。対立が悪化して衝突する最悪の事態にならないよう、コントロールしています。
むしろ、そうした抑制を失いつつあるのは日本ではないでしょうか。日本では、自民党の議員から「気球が飛んできたら撃ち落とせ」といった発言が出てきています。
世論も対中関係が悪化し、政治家のなかからも対中融和論が出てきません。外交としても対中融和策を取りにくい状況です。
中国が非常に問題のある大国であることは事実です。軍事的な脅威でもあります。しかし、日中の緊密な経済関係を考えても、単に対決的姿勢だけをとっていけるような相手ではない。米国ですらそのことが分かっています。ましてや日本は隣国です。冷静なリアリズムが求めるところは何か、考える必要があります。
■日本外交はヨーロッパ中心主義、アジア蔑視
荒巻 僕らが歴史を教える場合も、ヨーロッパ中心で東アジアの歴史は軽んじられています。受験勉強を真面目にやった人でも、朝鮮の歴史なんて知りません。歴史の教え方だけではなく、ヨーロッパ中心主義の見方が広がっています。だから、聖徳太子は中国と対等に立ち向かったとか、白村江の戦いの恨みは日清戦争で返しましたとか、そういう物語構造が深層心理のなかに根強い。長期的にはそこから正していかないといけない。
三牧 日本の一部指導層によるアングロサクソン(英米)を崇拝するような志向、アジア蔑視が外交に与える影響は少なくないと思います。日本はまだ近代以来の「脱亜入欧」思考から抜けられていないのではないでしょうか。
■日米安保がなくなったら防衛費は増大する?
会場4 過去に日本が戦争したのは日英同盟が崩れたからで、日米安保を解消して在日米軍がいなくなったら戦争に巻き込まれるのではないですか。
荒巻 戦前の日本は、日英同盟が崩れたから戦争になったというご指摘ですが、そうではなく、日英同盟がなくなった孤立感を埋めるために、ドイツ・イタリアと同盟を結んだから、アメリカと戦争になってしまったということだと思います。
【注・日英同盟は1902年調印、1923年失効。日独伊三国同盟は1940年調印。日米開戦は1941年】
会場 4
日米安保をなくせというお話もありましたが、日米安保がなかったら防衛費はどれくらいかかるのでしょう。他の国から攻撃されたときに耐えられるのですか。
荒巻 日米安保は、たしかに安上がりな面はありましたが、GDP2%を超えることになると、そういうフェイズは超えたのではないか。だから、もう日米安保は破棄したほうがいいと思っています。
三牧 日米安保があるおかげで、日本がアジアとの関係をなおざりにしてきた面はあると思います。アメリカは新型コロナでも世界最多の感染者を出しており、もはや、絶対的強国とは言えない。内向きになっています。自国の利益にならないとき、たとえば日本に何かあっても本当に十分な軍隊を出してくれるのか、分かりません。さまざまな前提を問い直す必要があります。
会場4 なぜプーチンは国際世論に反する侵攻をしたのだと考えますか。
三牧 ロシアは非民主的な国です。ロシアの人たちだって、まさか1年も戦争が続くとは思ってもいなかったでしょうし、そんな事態を望んではいなかったでしょう。国民がいかに望んでいなくとも、民意で戦争を止められない国です。
日本も民主主義国という建前になっていますが、実態として本当に自信をもってそう言えるのか。政治家によって戦争の危機が煽られ、望んでもいない戦争へ踏み込む可能性が生まれたとき、本当に民意で止められるのでしょうか。ロシアを、ある種の鏡として考えてみるべきところもあるでしょう。
■戦争にならないよう、コミュニケーションが大事
会場 5 「東アジア不戦推進機構」の活動をしています。そのなかで「超克議論」という考えが出てきました。AかBのどちらかを選ぶのではなく、弁証法的にCを選ぶという考えです。戦争は絶対に悪です。いかなる戦争もやってはダメなのに、「正義」がぶつかり合うと戦争になる。それを歴史は繰り返してきました。しかし、「核の時代」の戦争は大変なことになる。何に気をつけなければならないか。コミュニケーションです。状況が変われば関係者も変わるのに、日本にはリレーション・マネージメントの概念がないのではないか。
三牧 コミュニケーションの重要さについてはまったく同意します。その上で、プーチンが突きつけているのは、民主主義とか人命を守らなければならないという価値観を共有していない相手との間で、そもそもコミュニケーションが可能なのかという問いでもあります。
■原発は自分の国へ向けた核兵器
会場6 「脱原発を考える会」に参加しています。ウクライナではザポリージャ原子力発電所が攻撃されて、簡単に制圧されました。もしあらがってロシアと戦い、原発が爆発したら、ヨーロッパが壊滅状態になってしまうので、ウクライナの原発作業員も軍も対戦しなかったわけです。日本の原発は、私たちに向けられている核兵器だと思っています。
私も日米安保は必要ないと思います。日本は敗戦した後、ずっとアメリカの言いなりでした。この国の政治はアメリカが決めていると思っています。プーチン大統領が安倍首相と仲がよくなったので、北方領土を二島くらい返してもらえると思っていましたが、プーチンは「日本はアメリカの隷属国だから」と返してくれませんでした。
アメリカと離れて独自の平和路線を築くべきだと思います。中村哲さんのように世界中へ出向いて平和活動や人道活動をすることを広めていきたいと思っています。
【拍手。これはご意見だったので、荒巻さん、三牧さんも、うなずいておられるだけで、発言はありませんでした】
松下 時間となりましたので、ここで締めさせていただきます。
私自身、もっともっと外交について学ばなければならないと思いました。相手を威嚇させない人間の安全保障の話など、興味深いお話も聞けました。
政府は「異次元の少子化対策をする」と言いながら、方針が出るのは6月だそうです。「防衛費は全国民に関わることだから増税する」と言いながら、「少子化対策、子育て支援は関わる人が限られている」いう発言もありましたが、私は少子化対策・子育て支援こそ、全国民に関わるという思いを持っています。
最後に、荒巻さん、三牧さんから、ひとことずついただきます。
荒巻 ひとりひとり、いろいろな仕事をお持ちだと思います。それぞれの立場で、安全保障などについて、恥ずかしがらずに、夢物語でいいから話してほしい。
僕は最低限、「戦争になっても絶対に協力しない」、これだけは決めています。
ありがとうございました。
【拍手】
三牧 今日、この場でみなさんとお話しできたことは非常に貴重でした。戦争はいくら望んでいなくても、やってきてしまう。戦争について考えておく必要は、あります。しかし昨今、政治家によって「有事」が簡単に、無責任に語られすぎています。さ
きほど、原発が攻撃されたらどうなるという話も出ましたが、食糧やエネルギーの安全保障はどうなるのか。兵器や防衛費の話ばかりがとんとん拍子に進んで、住民の命に直結するこれらの問題についてはいつまでも真剣な見当がなされない。市民の命を考えないで「有事」が安易に語られています。安全保障環境が厳しくなっているからこそ、「有事」をどう防ぐかに全力を注がなければならないのです。このことを皆さんと確認できたと思います。
【拍手】
【会場にいてテレビなどの討論番組では、「有事になるから防衛力をしっかりつけよう」という前提での議論が多く、「絶対平和主義」など、単語としてもでてきませんが、今回の武蔵野政治塾では、戦争の本質を、歴史から、そして宗教・哲学から見つめ、その一方で現在の国際情勢のリアリズムについても考えることができました。武蔵野政治塾ならではだったと思います】