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【活動報告】第10回「原発をとめた裁判長」上映会in世田谷アフタートークを公開

第10回(3月11日)・第11回(3月12日)は、東日本大震災・東電福島第一原発事故から12年なので、原発を考える企画として、映画『原発をとめた裁判官』の上映会を開催しました。それぞれ、上映の後、アフタートークも行ないました。
映画『原発をとめた裁判長』は、タイトルの通り、関西電力の大飯原発に対し運転停止命令を下した、福井地方裁判所裁判官・樋口英明さんを描いたドキュメンタリー映画です。サブタイトルに「そして原発をとめる農家たち」とあるように、映画の後半では、ソーラーシェアリングに取り組んでいる農家も紹介されています。
【映画については、こちらを御覧ください。https://saibancho-movie.com/】

11日は、世田谷区の三軒茶屋駅に隣接する、キャロットタワーにある世田谷文化生活情報センターで、「世田谷こども守る会」との共催の形での上映会とアフタートークになりました。
トークには、映画『原発をとめた裁判長』の監督である小原浩靖さんと、世田谷区長・保坂展人さんが登場。
司会は、世田谷区議会議員・中山みずほさん。
最初に、武蔵野政治塾の橘民義事務局長からの挨拶がありました。


私も『太陽の蓋』という映画を作りました。これは3.11のときの首相官邸と東電とのやりとりを事実に基づいて作った映画です。3月1日からYouTubeで無料公開していますので、ぜひご覧ください。
90分版

130分版

武蔵野政治塾は、「静かに、落ち着いて、激しく議論する」を合言葉にしています。
どうも最近、議論をしなくなりました。Twitterなどで悪口言ったらおしまい、みたいな。
世田谷はそんなことはないと思いますが、政治的な話をしたら嫌われる。
こうやって集まって、映画を見て、ゲストの方と議論するのが大事だと思います。それがなくなったら、世の中、終わりです。
私はあえて議論をする場を作ろうと、去年の10月にこの武蔵野政治塾をスタートさせ、今日で10回目です。今日くらいの人数の方に、リアルに集まっていただき、話をする、そういう場を設けています。
映画を上映したのは、今回が初めてです。今後は、ミュージシャン、コメディアンの方の出る会も計画しています。
政治を変えなければいけないと思っていらっしゃる方は多いと思います。だって、これから戦争をしようというんですよ。そのために増税してまで軍事費を増やそうという。
そういう政府に対して、物申さなければいけない。原発は「再稼働しない」と言っていたのが、新設もするという。なんですかね、この変わり方は。私たちが黙っていたのではいけない。統一地方選挙が近づいていますが、戦争をしたり原発を新設したりすることに賛成の議員を選ばない、反対する人を選びましょう。
自然エネルギーで全部まかなえるのに、できないというフェイクニュースを流して、原発の方へ行こうとしている。そういう政治を止めさせましょう。

いよいよゲストのトークです。

中山さんから、「脱原発区長と言われている、保坂区長」と紹介され、まず保坂さんから、語りました。
保坂さんについては、こちらに詳しい経歴などがありますが、

プロフィール


教育問題のジャーナリストから、いじめ問題に取り組み、1996年に衆議院議員に初当選し、2009年まで3期11年、つとめました。2011年4月、大震災・原発事故直後の統一地方選挙で世田谷区長に初当選しました。

■3.11直後の選挙で世田谷区長に

中山
まず、映画を見た直後のフレッシュなご感想をいただけたら。

保坂区長
3.11から12年です。あの事故がなければ、私は区長になっていなかったと思います。
あの原発事故のあと、南相馬市に急遽行きました。桜井勝延市長が役所に泊まり込んで、国や県、東電から、何の連絡もないまま孤立し奮闘していました。何か応援したいなと思いつつ東京に戻ると、区長選挙があるということで、立候補し区長になりました。
映画を見ますと、当時のいろいろなことを思い出します。
映画で紹介されていた、二本松市は世田谷区の交流自治体だったんです。世田谷区は交流自治体が30いくつある、かなりお友だちが多い自治体なんです。
そして、毎年夏に、「せだかや ふるさと区民まつり」をやっておりまして、南相馬市も毎年ブースを出していただいていました。
原発事故のあと、2回ほど行きました。また区として、最終的に1億5000万円ぐらいの寄付を集め、二本松市や田村市、本宮市などに差し上げこともあります。
映画に出てくる、飯田哲也さん(環境エネルギー政策研究所 ISEP代表)とは、区長になった時に、空間線量のモニタリングポストが新宿にひとつしかないという話をされ、子育て世代から「これをちゃんと継続してください」という声もありましたので、これをやりました。
区長に就任してから、飯田さんには朝7時にうちに来てもらい、毎週勉強会をしました。そのなかで、自然エネルギーへの転換は地方自治体から起きるんだということを感じました。
そんな、いろいろなことを思い出しました。まとまらなくて、すみません。

小原
区長、映画の感想はいかがでしたか。

保坂
そうでした。
原発の裁判は、ずっと負け続けてきたのが、樋口さんによって本当に画期的な判決が出た、そして裁判官が退官後に講演を続けるのもあまりないことなので、そこまでしっかり伝えていくことに、心打たれました。
同時にソーラーシェアリングの話も、5、6年前から飯田さんなどから聞いていましたが、それがこのよう規模が大きくなったこと、あと、世界の趨勢はそちらにあるという河合さんの話も、とても説得力のあるデータだったと思います。

中山
続いて、小原監督。映画への「思い」などをお願いします。

小原
今日12年目の3月11日に上映会を開催していただき、ありがとうございます。
上映会を開くのは大変なんですよ。お客さんが入るだろうかとか、場所を探して、確保しなければなりません。よく3月11日に場所が取れたと思います。

中山
奇跡ですね。多分、運命だと思います。

■若い人に見てもらいたい

【以下、小原監督のお話です】
「原発事故が忘れられ始めている」と言われています。忘れられているというより、原発事故を知らない世代も生まれてきていることが、すごく大きな問題です。
そこで僕は、何よりも、若い人たちにご覧いただきたいと思って、この映画を作りました。今こういうことが起こっているんだ、と伝えたい。
こうやって上映会をしていただけるのは、大変ありがたく、感謝しています。でも、こういう映画を見に来る人は原発反対派ばかりです。そうでない人に見せなければいけない。それが一番大きなテーマなんです。
原発推進派、容認派の人たちがわんさか劇場に来るような上映会が、どうやったらできるのかと、四苦八苦しています。
この映画は資金があまりない、ほぼ手弁当の状態で作りました。映画は作った後の宣伝・配給にも、ものすごいお金がかかるんです。
配給というのは劇場への営業です。チラシを作り配る費用も、全部こちらが出します。劇場がチラシ代を出してくれるわけではない。宣伝・配給を一生懸命やって、昨年9月に、ポレポレ東中野の初日・2日目は満員お礼で、入れなくて30人ぐらいに帰ってもらったくらいでしたが、2日間のお客さんは反原発の人ばかりでした。
当然、樋口裁判長のこともよく知っている。いわば、僕が狙ったお客さんじゃない人たちがいっぱいいました。ところが、そうやって地道に宣伝をしていくと、追い風が吹いてきました。

■ウクライナ、岸田首相のおかげで原発に関心を持つ人が増えた

映画公開前から、ウクライナとロシアの戦争で、いわば原発が人質に取られました。そして、少し前には岸田総理が、原発の再稼働・新設と言い出した。
これによって、これまで原発にあまり関心のなかった人たちが、「本当のところはどうなんだろう」、「もしかしたらこの映画を見たら何かヒントがあるかもしれない」と思ってくれ、見に来るようになりました。そういう人たちは、だいたい若くて、30代・40代でした。
僕は毎日、劇場に行って舞台挨拶をし、パンフレットを売っているので、お客さんの層が如実に変わってくるのが実感として分かりました。
「映画を見て原発問題がよく分かりました」と言って帰るお客さんが増えました。
こういう会を開くと、高齢者しか集まらないと言われますが、諦めないでください。いろいろやり方があるんです。
さらに9月の東京での公開が終わった後に、全国26館で公開しました。
27番目が下北沢に新しくできた、K2という劇場でした。お客さんの平均年齢を下げたいと思い、何か仕掛けようと、トークのゲストに、「NO YOUTH NO JAPAN(若者なくして、日本なし)」という団体の代表の能條桃子さんを呼びました。大学院生の方です。
能條さんは発信力がある方で、「NO YOUTH NO JAPAN」のインスタのフォロワーは10万を超えています。若い人たちにとってのオピニオンリーダーです。
その能條さんとトークしますと、そこから先は大学生がすごくたくさん来るようになりました。
人間って思い込みが激しい。「こういう映画はシニアしか見に来ない」と、劇場の人たちが言うんですが、僕は「そんなことないよ」と思い、宣伝の仕方を工夫すると、若い人がやってきます。
大学生は頭が柔らかいので、ダイレクトに感じてくれて、「映画のなかで説明された樋口理論は、すごく分かりやすい。こんなに地震に弱いと分かっていながら、なぜ続けるんでしょう」「農家さんが電力を作っていけることに驚きました」とダイレクトに感じてくれる。
そして若いだけあって行動力があるんですよ。9月にポレポレ東中野に来てくれた、大学2年生の男の子が、昨日、学校で上映会をやりたいと申し込んでくれました。彼が先生を説得して、自主上映会を開催してくれることになりました。

【以下、中山さん、小原さん、保坂さんのトーク・セッションになります】

■中学生も学校でSDGsを習う時代

中山
私も、K2下北沢での上映会に行ったときは、毎日ゲストが変わりましたが、能條さん狙いで行きました。私は若くないですけど、能條さんがいろいろな課題についてテレビで発言されていたのを見て、期待していたんです。そうしたら、K2でのトークショーに出るというので、実はサインをもらうために行きました。
そのときに若い方に囲まれていて、何だろうと思ったら、世田谷の「みんな電力」の方たちでした。
【注・みんな電力は、東京都世田谷区でエネルギー事業を展開している小売電気事業者】
うちの息子も中学生ですけど、SDGsを学校で習うんです。そうすると、原発については、学校では議論しないけど、ニュースでウクライナの原発が占拠されたのを見ると、聞いてきたりするんです。もう少し上の大学生くらいになると、意外に、分かる子は分かっているんじゃないかなと、私は思いました。
エネルギー問題を考えていらっしゃる若い方々もいます。そういう方のなかには、脱原発はイデオロギーだと思っている方もいる。私はイデオロギーとは関係ないと思うんですけどね。

■この映画で12年前を思い出す

中山
私は、脱原発ですけれども、12年も経つと、やっぱり忘れてしまいます。毎年、3月11日には黙祷しているんですが、今日、映画を見て、改めて、忘れないようにしようと思いました。
3.11のとき、原発に対する思いとか、放射能の怖さとか、子どもたちをどう守ろうという思いがあって、私たちは立ち上がったんですが、そういう思いも年々薄れるんですよ。
だからこれは、「そうだったよね」と思い出す映画でもあると思いました。この映画のおかげで、また振り返られたかなと思いました。

■危険だと分かっていたのに止められなかった悔しさ

保坂
映画には、河合弘之弁護士の他に、海渡雄一弁護士も出てきますが、海渡さんとは、原発事故の前、私が国会議員当時は、「公共事業をチェックする議員の会」でよく一緒に行動しました。
とくに、2007年の中越地震では柏崎刈羽原発も火災が起きて、危機的状態だったんですね。私はそれを海渡さんたちと視察し、核燃料を冷やすプールからたくさんの汚染水が出て、それをモップで拭いている姿を見てぎょっとしました。原発の中も損傷していたんです。また地面に亀裂が入って、緊急対策本部のドアが開かなくなっていた。
これらを記者会見して発表したんです。30名から40名のメディアが来て、写真は撮ってましたが、一切報道されなかった。それどころか、東京電力は「原発は地震に強いんだ」と宣伝していて、仰天しました。
地震と原発の問題は国会議員としてずっと取り上げていて、津波が危険なことも知っていました。そこに、福島の事故が起きてしまった。ちょうど12年前の今日の今ごろ、原子力非常事態宣言が出て、大変なことになってるという情報が流れてきました。
その時、「止められなかった」ということで、本当に悔しい思いをしました。
区長になった動機は、何とか原発依存社会から脱出、転換をしようじゃないかということでした。「それは国の役割で、世田谷区ごときで何もできない」という意見が、結構ありました。脱原発の運動をやっている人の中にもありました。自治体の政策なんだろうか、と。
結論は、エネルギー政策は自治体からしかできない。
4、5年かかりましたが、いま、世田谷区の区立保育園の電力は、長野県の県営水力発電所の電気で動いているんです。
【会場で、この事を知っていると挙手された方は、少なかった】
もっと宣伝しないといけませんね。
東京から離れている長野県の自然エネルギーを引っ張ってくるか。実はこれは日本で初めての例となったんです。世田谷区が突破口となり、環境省も経産省も、なるほどと最終的に協力するようになりました。
さきほど名前が出てきた「みんな電力」も最初は2人で始め、今は130人ぐらいでやっています。
長野県と世田谷区でできるんであれば、横浜市と青森とか、いろんなところで始まっていて、世田谷区主催で、「自然エネルギーを活用した自治体間連携」の会議には100自治体が来ます。
こういうことが、知られていないんですね。

中山
では、そのことを小原監督に映画にしていただくのはどうでしょう。

■ソーラーシェアリングは狭いところでも可能

小原
いま、農地が80ヘクタールぐらいだからソーラーシェアリングでもそんなにできないというふうにおっしゃっていましたけども、発案者の長島先生が言っていた通り、下で何をやってもいいんです。公園の上に立ててもいいんです。個人の庭に立ててもいい。
よく「ソーラーシェアリングの画期的なところは何ですか」と聞かれると、狭い日本で面積のことを考えなくてもできることなんです。
ですから世田谷区もバンバン推進していただきたい。

中山
区長の次の公約が決まりましたね。世田谷区は都内では練馬の次に農地がありますから。

小原
時間もなくなってきたので、説明すべきことを説明します。
映画の最後の方で、二本松営農ソーラー代表の近藤恵さんが、一緒に仕事をする若い人に読みなさいと紹介しいる本があります。あの中村哲さんがアフガニスタンで一緒に仕事をする人に読ませていたという本ですが、そのタイトルをよく質問されるので、ここで紹介します。
『後世への最大遺物』内村鑑三著、岩波文庫
https://www.iwanami.co.jp/book/b246038.html

二本松の農業を応援したいので、どうすればいいかという質問もよくあるんですが、今日
二本松営農ソーラーのショップカードを持ってきました。裏にQRコードがあって、ホームページやSNS、ネットショップなどにアクセスできます。
【注・https://re100sunshine.jp/】

■続編制作へ向けて

小原
今日のような上映会をやりたい方は、チラシの裏にホームページが載っていますから、そこからお申し込みいただけます。上映会の受付も僕がやっています。
https://saibancho-movie.com/
あと、映画のパンフレットも作りました。映画のパンフレットは、専門の会社が作るものですが、資金がないので、僕と、ポスターを作ってくれたデザイナーと2人で作りました。
さっきも話しました、映画のなかで紹介される「樋口理論」のグラフも載せています。原発が危ないことを友だちに教えたいときは、これを見せればすぐに分かります。
農業の皆さんのアイドルみたい写真も載っていますが、みなかっこいいですよね。
この映画は、登場人物全員がかっこいいという、ものすごく珍しい映画です。普通の映画はドキュメンタリーも劇映画も、大概は敵役とか狡いやつが出てくるんですが、この映画は全員がかっこいい。日本にはこういう大人がいるんだと、知ってもらおうという思いです。
そういえば僕も、ちょっと出てます。【笑い】
この映画のクライマックスになった、伊方原発運転差し止め仮処分の抗告の結果が、広島高裁で3月24日に出ます。樋口さんも行きますし、僕も撮影しに行きます。といっても、続編を作れるかどうかは、資金がないので、まだ分かりません。でも、とにかく撮っておこうと思います。

中山

ここまで聞くと、パンフレットを買わずにはいられないですね。ぜひ、パート2では保坂展人区長も、かっこいい大人なんで、入れていただきたいと思います。
脱原発の会が世田谷区にあって、昔からやっているご高齢のある方が、はっきり言いました。
「もう日本で、国に何かを求めるのは駄目だ。保坂区長はじめ、あなたのような自治体議員が、自治体から変えていかなければいけない」
そうしたら大拍手になりました。
国はちょっと遠いし、強いじゃないですか。やっぱり地元から変えていくしかない。先ほど区長からも、自治体間連携の話もありましたが、基礎自治体でできることを一緒に考えていきたいと思います。
小原監督には、がんばっている基礎自治体を取材していただきたいのと、全体のバランスを考えると、ちょっと女性もいた方がいいかなって思ったりするので、ぜひよろしくお願いいたします。
最後に、区長、一言どうでしょう。

保坂
岸田首相は中学校のときの2学年下なんです。私は生徒会で問題提起して、引きずり下ろされたんですが、それを仰ぎ見ていたはずなんです。
岸田首相は、グリーントランスフォーメーションと言っていますが、本当にまがいものですよね。ソーラーシェアリングとか自治体間連携が、テレビなどのメディアでの情報量が圧倒的に少ない。原子力ムラが復活している。日本だけですよ。
アメリカでの原発にこだわりすぎて、投資をした結果、東芝も、バラバラになりました。
いまウクライナの原発も、いつ何が起こっても不思議じゃない。
3.11から12年経って、2回目、3回目の原発事故が、刻々と迫ってるかもしれない。日本でも、日本以外でも。そう考えたとき、私たちの責任は重い。若い人たちが希望を持てるような社会に、少なくとも地域で切り替えていきたいと思います。

小原
この映画、広めてください、広げれば広げるほど、上映会を開けます。マーケティングの世界では、100万人が集まれば政治が動くと言われています。
いまのところ、この映画をご覧になった方は1万人以内です。
ですから、皆さんの力で100万になるよう一緒に頑張ってください。
(会場、大きな拍手にて終了)

 

※武蔵野政治塾事務局
今回の上映の実現には「世田谷こども守る会」の皆様のパワーあふれる協力があってこそでした。
深く御礼申し上げます。また世田谷の皆様と同様の取り組みが実現できればと存じます。

(小原監督と世田谷こども守る会の皆様)

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